2009年07月03日

サードミラクル(2)

 フランク神父は、カトリック信仰に対して確信を失った状態で、特に教会に行くこともなく、乱れた生活をしていました。そのようなとき、ヘレンという亡くなった修道女の奇蹟認定に関する調査するように指示が来ました。実は、ヘレン亡くなって以来、その教会にあるマリア像が血の涙を流すようになったのです。それを聞いた人たちが、そのマリア像を尋ねるようになったのですが、そこで奇跡が起こるようになるのです。訪れた重病患者の病気が治るというようないくつかの奇蹟が起き、そのような人たちがヘレンが起こしている奇蹟だと訴え、ヘレンを「聖人」として認定するように要求してきたのです。

 実は、フランクが調査を開始した頃、同じ信仰の友に尋ねた内容があります。「カトリックでは懺悔(ざんげ)をすれば全ての罪が許されるとあるが、君は本当にそう思うか?」と尋ねたのです。それに対してその友は、「教えがそうなっているから当然だ」と言うような回答をするのです。フランク神父はそのようなカトリックの信仰間に対しても、疑問を感じていたようです。

 前述したとおり、カトリックでは「聖人」として認定されるには、最低3つの奇蹟が認められなければならず、フランク神父はその調査に乗り出すようになります。初めは乗る気ではなかったのですが、調査している間に、ヘレンに対する関心が高まり、徐々にヘレンを何とか「聖人」として認定させたいという気持ちになるのです。それと同時に、今までカトリック信仰に対して疑問を感じていたフランクは、徐々に今までにない、新たな信仰の次元に高まっていくようになりました。

 ある程度調査を終えたフランクは、審議会にて調査内容を発表することになるのですが、まず、マリア像の件は審議会で奇蹟と認められました。しかし、もう一つの奇蹟は、第二次大戦の時、まだヘレンが幼少だったとき、飛行機から投下された爆弾が蝶に変わって、ヘレンの周辺にいた人たちが助かったというものでした。これに対しては、証拠が不充分だと言うことで認めることができないという意見が出されました。同時にヘレンは既婚者であり、娘(写真の下の女性が娘)も一人いました。そのことは「聖人」認定に非常に不利だったのです。カトリックはもともと結婚を認めていませんので、既婚者を「聖人」にすることはできないというのです。
 しかし、審議を続ける内に新たな事実が発覚します。実は、ヘレンの聖人認定に激しく反対していた役員が、第二次大戦の時の奇蹟に遭遇した本人であることが分かったのです。そのようにして第二次大戦での奇蹟も認定されることとなりました。ちょっとサスペンスな感じでした。

 実は、この映画はここで終わってしまうのです。何で? という感じです。結局フランクは、2つの奇蹟が認定されたので、あともう一つの奇蹟を探すために更に調査を継続していくと言うところで終わるのです。
 
 私個人として、この映画の面白いところは、ヘレンが聖人に認定されるかどうかが問題ではなく、フランク神父がヘレンの聖人認定を通して、自分の中で今までとは違う次元の信仰世界に目覚めていったと言うことです。ある面、自分の神様を発見したことではないかと思います。
 信仰生活も人生と同じく、山あり谷ありだと思います。しかし試練を越えていったときに、信仰の成長があると感じます。この映画は、宗教の違いや、宗派の違いを超えて、一人の信仰者としてのフランク神父を見つめていったときに、新しい世界が見えてくる映画だと思います。


posted by タール星人 at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

サードミラクル(1)−聖人とは

 皆さんは「サードミラクル」という映画を見たことがありますか? 日本語では「奇蹟の詩」というタイトルになっていますね。あるHPで紹介文を見たところ下記のように紹介されています。

「F・F・コッポラ製作総指揮、エド・ハリス、アン・ヘッシュ共演による感動作。多くの人々から尊敬された修道女・ヘレンが死んだ時から起こった奇蹟。彼女を「聖人」として認めるか否かの調査にやって来たフランクは、驚くべき衝撃の事実を知ることとなる…」

 私はこの映画を7年ぐらい前に見たのですが、感動的でもあり、皮肉った感じがあったり、ある面信仰者という者の弱さも感じたりと、色々な内容が込められた深い映画だと感じました。

thirdmiracle.jpg

 フランクというカトリック神父が、カトリック信仰に限界を感じて、教会から距離をおいてこの世の人たちと同じように暮らしているというシチュエーションから映画は始まります。写真の上の男性がフランク神父です。しかし、そのフランクにカトリック教会からある調査に協力して欲しいという話が転がり込んできます。それは、ヘレンという修道女が「聖人」として相応しいかどうかを調べるという内容でした。

 統一教会でも「聖人」という言葉をよく聞きます。特に家庭盟誓の2番目に「家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子」とありますから、「聖人」とは世界的なレベルで徳を積んだ人だと受け止められます。

 それではカトリック教会で「聖人」とはどういう定義になっているのでしょうか? 一言で言うと「聖人として認定されるには最低3つの奇蹟が起きたことを証明できなければならない」ということなのです。また「奇蹟」を辞書で調べてみると「キリスト教など、宗教で、神の超自然的な働きによって起こる不思議な現象」とあります。

 この映画では、修道女ヘレンが所属していた教会から、ヘレンの死後、奇蹟が起こり始めたという報告を受けた調査会が、フランク神父を通してヘレンを聖人として認めるべきかどうかを調査していくというストーリーなのです。
 この映画を見た人の感想を聞いてみると結構、「つまらない」とか「わかりにくい」という方も多くいます。しかし私は、前述したように、色々なメッセージが込められた面白い映画だと思っています。

次回はその内容に少し触れていきたいと思います(かなり記憶が薄れていますが・・・)
posted by タール星人 at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

平和統一和合祈祷会−6・25朝鮮動乱に寄せて

 2009年6月25日、1950年6月25日の朝鮮動乱から59年目を迎えるこの日に、世田谷教会では午前9時より「平和統一和合祈祷会」を行いました。約70名の教会員が集い、心をひとつとしながら統一のための熱い祈祷を捧げました。まず最初に6・25朝鮮動乱に関するプレゼンテーションを受けることになりました。

6・25朝鮮動乱について
  1945年8月14日、日本がポツダム宣言を受諾し、連合国に降伏し第二次世界大戦が終結しました。それまでの朝鮮は日韓併合により植民地化されていましたが、日本から解放され、いよいよ独立の方向に向かいました。
 しかし、朝鮮半島内では、独立運動を志向する諸潮流があったものの、それらを統一的に導ける組織は存在していなかったのです。その後、1948年8月13日に、李承晩が大韓民国の成立を宣言し、金日成はこれに対抗して自らも9月9日にソ連の後援を得て朝鮮民主主義人民共和国を成立させたのです。この結果、北緯38度線は単なる境界線ではなく、事実上の「国境」となったのです。
 そして1950年6月25日午前4時に、北緯38度線にて北朝鮮軍の砲撃が開始されました。30分後には約10万の兵力が38度線を突破した。また、東海岸道においては、ゲリラ部隊が工作船団に分乗して後方に上陸しました。当時、韓国には対戦車装備がなく、北朝鮮はソ連から貸与されたT-34戦車を中核にした北朝鮮軍の攻撃により、各所で韓国軍は総崩れとなりました。このとき、米国のトルーマン大統領は朝鮮半島の緊迫した情勢を把握していなかったため、即座の軍事介入には踏み切れなかったのです。国連軍が介入するも一時は釜山近くまで北朝鮮に制圧されました。
 そして9月15日、マッカーサー率いる米国軍が仁川上陸作戦を決行すると、戦局は一変しました。勢いに乗り一時は平壌まで制圧しました。しかし、その頃から中国軍が介入することとなり、結局38度線まで下がることになるのです。
 1951年3月24日に、マッカーサーは38度線以北進撃を命令するのですが、トルーマン大統領は戦闘が中華人民共和国の国内にまで拡大することによってソ連を刺激し、ひいてはヨーロッパまで緊張状態にすることをことを恐れ、結局4月11日にマッカーサーを解任することになり、停戦になったのです。

koreawarmap.jpg

 前述の通り、朝鮮動乱は単に朝鮮半島の分断という次元の問題ではなく、米国の戦後処理の甘さ故に、その後の世界的共産化を許す原因となっていきました。その頃日本においては、敗戦のどん底の状態であったにもかかわらず、安保理が結ばれ、この戦争のために日本の軍事産業が発展し、大きな経済効果をもたらしました。
 大韓民国及び北朝鮮共に祖国統一を願ってきましたが、未だになせない状態です。それどころか、今の北朝鮮は政治経済共に混乱状態となり、いつ勃発するかも知れないという不安を世界に与えています。
 文 鮮明先生は、今まで朝鮮半島の南北統一のために尽力してきました。文 鮮明先生は思想・経済・政治だけで南北統一をなすのではなく、更に真の愛で包み込むことによって、初めて統一を成すことができると語られています。
 日本から見れば、昔から様々な面で交流をしてきた隣国であるということ、36年間の日韓併合後日本から解放されて間もないことであること、この戦争が日本の経済成長に繋がっていることなどを考えれば、朝鮮動乱という戦争に対して無関心でいるわけにはいかないと感じます。

 今回、「平和統一和合祈祷会」を持つことによって、一日でも早く南北統一が成されるよう、私たちも意識を注ぎ、祈祷を捧げることを決意いたしました。

posted by タール星人 at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
リンク集

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。