2009年07月11日

信教の自由を求めて

 7月7日、日比谷公園野外音楽堂にて、「信教の自由を求める祈りの集会」が行われました。基本的に日本では信教の自由というものが認められていますが、今一度、信教の自由と言うことについて考えてみたいと思います。
 信教の自由の定義とは下記の通りです。


 宗教に関する人権の一つ。17世紀のヨーロッパにおける市民革命の多くが宗教的自由の獲得・擁護を背景とする性格をも持っていたため、人権の中でも最も重要かつ古典的なものの一つであると考えられることが多い。

具体的には

1 個人が自由に好むところの宗教を信仰し、宗教的行為(礼拝・布教など)を行い、宗教団体を結社する権利。
2 宗教を信仰するかしないか、するとしてどの宗教を選択するか、自由に決める権利。および信仰を強制・弾圧されない権利。
3 宗教を信仰していたり、していなかったりすることによって、いわれのない差別を受けることのない権利。
4.上記の権利を確保するために、国家が特定の宗教について信仰の強制・弾圧・過度の推奨などを行う事を禁ずる制度(いわゆる政教分離)を行うことを指す。

 現代社会においては1〜3に掲げる狭義の信仰の自由は基本的人権の一つとして広く認められ、尊重されている事が多い。ただしイスラム教国を中心として、憲法に国教を謳い、国民全体が一つの宗教を信仰する事を自明の前提としている国もあり、決して一様ではない。信仰の「選択の自由」はあるが、なんらかの信仰を行うこと自体は強制で(つまり無神論は認めない)、選択対象が限定されている国もある。


 今回、日比谷公園音楽堂で行われた「信教の自由を求める祈りの集会」で最も問題としているのは、2番目の「どの宗教を選択するか、自由に決める権利。および信仰を強制・弾圧されない権利」です。
 統一教会員である後藤徹氏が12年間監禁され、牧師や家族から強制改宗を迫られたという事実を聞き、大変驚かされます。そのようなことが、このような事件が、この日本で放置されていると言うことが、大変考えがたいことです。
 後藤氏のような事例は他にも多くあり、一部の過激なキリスト教牧師達によって、強制改宗を迫られ、肉体的・精神的に限界に追い込められているのです。特にその過激な牧師達は家族の情を巧妙に利用して、統一教会員達に底知れないプレッシャーを与えています。

 このような非人道的、反社会的な行為が行われていながらも、国家は何も対処をしないというのが現状です。私たちは、信教の自由を拘束するような行為に対して、国が正しく認識・把握し、善処することを望んで止みません。

 12年間監禁された後藤徹氏の証言を是非ご覧下さい。  12年間監禁された後藤徹の証言
posted by タール星人 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

ゴミ問題(2)−ゴミは何処に行く

 前回の記事では、近年ゴミが増えている原因などについて記しましたが、そのゴミがどのように処理されているのか調べてみました。
 
 最近では、粗大ゴミを除く殆どのゴミが焼却されています。世田谷区でも半年ぐらい前まではプラスティック類は不燃ゴミと言うことで出していましたが、今では可燃ゴミになっています。
 ゴミを焼却することのメリットは、当然のことながらゴミの量が減ると言うことです。焼却することによって1/10〜1/20に量が減るのです。日本のような狭い国では、埋め立てる量が減るため大変有効です。因みにアメリカなどの広大な土地を持つ国は、殆どが埋め立てだそうです。

 しかし、ゴミの焼却処理もCO2や温暖化という面から考えれば、大変深刻な問題を抱えています。それで、最近では「ゴミ発電」というものが提言されているようです。皆さんも予想がつくと思いますが、これはゴミの焼却場で発生する熱によって発電するというものです。これは一石二鳥だとうなずいてしまうのですが、実はこれも賛否両論があるようです。
 実は、今の日本は将来的に「ゴミの焼却を完全廃止」「完全リサイクル」を目指している風潮があります。そういう面から言えば、ゴミをどんどん減らそうとしているのに、ゴミ発電はそれに逆行する傾向にあるというのです。ゴミ発電がかえって「ゴミ焼却の完全廃止」の障害になりうると言うのです。確かにうなずけますが、少し過激な考えのような気もします。ゴミ発電はあくまでも過渡的なものと考えた方がよいのでは思っています。しかし、ゴミ発電に対する投資が莫大であれば、ちょっと考えてしまいます。とにかくゴミを単に燃やすだけではもったいないという気持ちは否めません。
 
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 また、上のグラフでも分かるように、ゴミ処理にかかっている経費は年々増加の傾向にあります。今では「リサイクル」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、昔はそのような言葉を聞いたことはありません。現在、一般的に言われる「リサイクル」は、本当に効率が悪いと感じます。リサイクルにかかる経費が大きすぎると言うことです。
 例えば、昔はドリンクのビンなどは種類が少なかったこともあって、飲み終わったドリンクのビンは回収され、単に洗浄されてまた使われていました。ですから、新品のドリンクでありながらも、ビンに傷がついていたり、印字がかすれていると言うことが普通でした。このようなやり方であれば、本当に経費が少なくて済むと思います。いまは商戦の影響か、ビンの種類が多く、デザインも頻繁に変わるため、そのままでの再利用が非常に難しいのです。また再利用は見た目を気にする現代人には受け入れにくいでしょう。
 また、電化製品ひとつを取ってみても、最近は電子回路がチップ化されているので、「修理する」という概念がありません。中の基盤やチップをただ交換するということで、本来大丈夫な部分まで処分しています。便利さを追求するあまり、使い捨ての習慣が身についているのです。

 科学は「人間の生活を便利にする」という概念で今まで来ましたが、今後は人間だけではなく「地球・自然に優しくする」という概念も重要になってきます。地球が自然が崩壊してしまえば、人間の生存自体が困難になります。ですから地球や自然のために、「人間が我慢する」という時代にならなければと感じます。

 聖書の創世記1章28節「神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」の三大祝福の三番目である、「地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」は万物主管を意味しますが、これは人間が万物世界を服従させるのではなく、人間が親の立場で万物を愛し治めるという意味なのです。
 今の時代は「万物の逆襲」とも言えるような、異常現象が多く見られます。人間が本来万物に対して果たすべき責任を果たしていないと言えます。

 「ゴミ問題」は単なる「ゴミ」という物質の問題ではなく、人間が万物に対する愛情を示すことから、問題解決の道が開けてくると感じるこの頃です。

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posted by タール星人 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

ゴミ問題(1)−ゴミは当然増えている

 今、日本が抱える深刻な問題として「ゴミ問題」があります。
 
 まずは、「ゴミ問題」を社会という観点ではなく、自分の生活を中心に考えてみたいと思います。
 私は幼少から中学生にかけては、田舎の山奥に住んでいましたので、「ゴミ」という言葉をあまり意識したことがありません。なぜなら、家の周りには山があり、竹藪があり、田んぼがあり、畑があるという状態でしたから、不要なものが出ると、どこか適当なところに捨てるというのが常でした。いわゆる一世帯あたりが所有する土地が広いので、家庭から出る可燃ゴミ・不燃ゴミ・粗大ゴミなどに関しては、捨て場が無限と言って良いほどあるのです。といっても何代も続くと粗大ゴミなどは限界が来ると思いますが。
 因みに残飯・生ゴミなどは、家畜(牛)・ペット(犬・猫)が喜んで整理してくれました。燃えるゴミはほとんど風呂焚きで燃やしていました。当時は「温暖化」「CO2の問題」などと言った単語は聞いたことがありません。そして極めつけは、人間の糞尿は畑に蒔かれていました。畑と言っても、売り物を栽培する畑ではありません。自給用の畑です。
 このように、「ゴミ問題」などという言葉には全く縁がない環境で育ってきたので、逆に「ゴミ」という言葉には過剰に反応してしまうのです。

 それでは、世界のゴミの排出状況を見てみましょう。下の表は、一人あたりの一日のゴミの排出量をキログラムで表したものです。アメリカがトップだと思っていましたが、意外にも韓国がトップです。日本は5位ですね。無難なところかなと感じます。逆に韓国は日本の2倍以上のゴミ排出量と言うことで、今後のことが心配です。

gomi2.gif

 次に、東京23区の一般ゴミの推移を調べてみました。青い折れ線がゴミの推移ですが、凄まじい伸びです。昭和44年ぐらいまでは人口(赤い折れ線)の増加と共にゴミが増えているとも言えますが、その後は、オイルショックやゴミの分別などの改善の影響もあ、減少した頃もありますが、人口が減少気味であるのに、ゴミが増えています。しかし、平成元年よりゴミ問題の深刻化により、減少の傾向にあります。

gomisuiiglaph.png

 行政や国民の意識により、ゴミは現象の傾向にありますが、しかしその絶対量と処理のための経費は多大です。
 ゴミが増加した理由として以下ののことが考えられています。
 @使い捨て文化の広がり
 A耐久消費財の普及・大型化
 B製品の短寿命化による家庭ゴミ(一般家庭の日常生活に伴って生じたゴミ)の増大
 C流通・サービス業の拡張
 D情報化・OA化の進展(ペーパーレス化のはずでしたが)等に伴う事業系ゴミ(事業活動に伴って生じたゴミ)の増大
 
 上記の中でも、@の使い捨て文化の広がりというものが大きいと考えています。

次回は、「ゴミはどこに行くのか」というテーマで考えてみたいと思います。

posted by タール星人 at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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