2009年07月13日

李 舜臣将軍(2)-その後

 5月27日の記事に韓国の名将「李 舜臣(いー すんしん)将軍」の話題を書きましたが、その後、ドラマ「不滅の李 舜臣」が20話ぐらい進んだので、その内容に触れてみたいと思います。

 李 舜臣将軍は日本人にとってはあまり印象が良くないでしょう。なぜならば、豊臣秀吉の頃の「文禄慶長の役」で優勢だった日本軍を、劣勢に追い込んだ中心人物だからです。しかし真の名将とは国を超えて尊敬される人物だと思いますし、時代を超えて尊敬されるものだと思います。李 舜臣将軍がそれに値するかどうかは、私の次元では断定できませんが、当然韓国では今も尊敬されているし、他国においても尊敬する方がいるようです。いわゆる韓国を代表する人物と言っていいでしょう。

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 2004年にこのドラマを作成したKBSは、「なぜ今、李 舜臣将軍なのか」という問いかけに対して、韓国のIMF以降、経済的にも沈んでいた国に、希望を与えたいという意図があったようです。

 私はまだ、このドラマを1/5ぐらいしか見ていないので、結論的なことは言えませんが、李 舜臣将軍は両班(やんばん−貴族)の生まれでしたが、幼少時から祖父が逆賊(反逆者)という汚名を着せられたがために、常にそれがつきまとい、出世の障害となりました。祖父は王が間違った方向に国政を行おうとしていたので、それをただすために忠言をしたのですが、受け入れられず逆賊と見なされました。そのように祖父は命をかけて正道を生き抜きましたが、逆に父は、そのような祖父の姿を見て、世捨て人のような状態になっていました。

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 そのような中、李舜臣の幼少の頃は、一言で言うと「気弱な、優しい子」というイメージです。上の写真の上の子が李舜臣の子役です。下の2人の子は、李舜臣の兄のような友達で、左下の子(ソンリュン)は大変知的、右下の子(ギュン)は武芸に長けていた子です。2人とも李舜臣を大変に大切にし、いつも李舜臣を守り励ましてくれる友でした。同時に2人とも大変まっすぐな正義感の強い子でした。
 なぜ李舜臣とこの2人が強い絆で結ばれていたのかは、謎です。運命的な結びつきを感じます。ただ、李舜臣は気弱な子でしたが、絶対に人を裏切らないという強い意志は、ドラマの節々に表れていたと思います。
 
 李舜臣はソンリュンとギュンと共に、日本で言う寺子屋のようなところで、勉強をしていたのですが、逆賊のこと言う理由で、結局、寺子屋を追い出されることになります。はやり李舜臣は勉強して、国の機関に入っていきたいと考えていたのです。しかし、李舜臣の父はそれをよく思っていませんでした。なぜならば、何かと逆賊の子と言うことで、子が傷つくことを恐れていたのです。逆に母は、何とか李舜臣の夢を叶えてあげたいと考えていました。
 そこで、アサンという別な地で、出直そうと言うことで、李舜臣の家族は引っ越すことになり、ソンリュンとギュンと分かれることになったのです。

続きはまたの機会に致します・・・
posted by タール星人 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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