2009年07月22日

羽のないテントウムシ?

 体調を壊し、ご無沙汰しておりました。
 今日新聞の記事を読んでいると、「羽のないテントウムシ」を作ることに成功したという内容がありました。写真を見ていただければ一目瞭然です。

tentomushi.jpg

 写真の右側は親しみのあるテントウムシですが、左側は何ともむごたらしい姿のテントウムシです。 チェリッシュ夫妻が涙を流しそうです。(T_T)(T_T)

 なぜ羽無しテントウムシが開発されたのかと疑問を感じましたが、記事を読んでいると理解できました。農作物を栽培する際に害虫となるアブラムシを駆除するためなのです。テントウムシは害虫であるアブラムシをよく食べてくれるのです。それで、テントウムシは羽があるので、いずれはどこかに逃げてしまうので、自分の畑に繋ぎ止めるため、羽を無くしたと言うことです。(-_-)

 やはり、何か人間の勝手な発想だと感じてしまいますが、実家が農家である私には少し理解できます。アブラムシの増加は、農作物を食べるだけでなく、病気まで引き起こしてしまうため、収穫に大きな影響を与えます。
 農薬を使えば済んでしまうのですが、やはり農薬は人間にとって大変な不安材料です。今は無農薬野菜などが重宝されていますが、真の無農薬野菜はそう簡単ではありません。
 私の実家では、米が主要なため、野菜に関しては自分の家や親戚に必要な分しか作っていませんが、それでも農薬はある程度使います。使わなければ、虫による病気でまともに育たないのです。
 ですからテントウムシが自分の畑にずーっといてくれることは本当に頼もしいことと言えます。今回の羽無しテントウムシの開発にはDNA(遺伝子)自体には手を加えず、RNA(リボ核酸)というものを介して作られているようです。

 ここまでしないと、人間の生活は成り立たないのだろうか? とも考えてもしまいます。歴史を見ると天候などによる飢饉などの記録が多くあります。これは歴史を通して世界共通のことです。その度に、人間はそれを克服するための開発を繰り返してきました。それは栽培方法、水路の確保、農薬など様々ありますが、あくまでも人間を中心に進んできた開発とも言えます。

 三大祝福の万物主管である「全ての万物を治めよ」という内容には、万物を愛で治めるという意味があることを過去にも述べてきました。今まで人間中心の利便性を求めてきたために、万物を愛でもって治めることができず、今や万物・環境の逆襲が起きていることを誰もが感じています。
 テントウムシの立場から考えれば、羽がないと言うことは繁殖や天敵から逃げると言うことについて問題はないのでしょうか? このような羽無しテントウムシ作りは一部で行われるわけでしょうから、地球全体の循環・維持には問題なかも知れませんが、いかがなものでしょうか。
 
 当然、科学というものも神様が人間に与えて下さった祝福でありますので、これも神のみ意かも知れませんが、はやり宗教的な観点も踏まえながら判断していくことが必要だと感じます。


posted by タール星人 at 15:17| Comment(58) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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